【2010年03月22日(月)】 法隆寺@斑鳩町(奈良県・生駒郡) 
奈良巡り
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万葉集『あをによし 奈良の京は 咲く花の にほうがごとく 今盛りなり』
三連休を活用して、結果的に四泊五日となる神戸&奈良巡りへの続き。

朝から久しぶりに飛鳥、白鳳、天平時代の貴重な仏像や仏具、
世界最古の木造建築群と云われる五重塔や金堂等の七堂伽藍が象徴的な
国宝だらけ&世界遺産の法隆寺@斑鳩町(奈良県・生駒郡)を参拝。

朝から楽しみにしていた法隆寺@斑鳩町(奈良県・生駒郡)へ参拝することに。
個人的には学生時代に訪れて以来の二度目。

多くの松が印象的な参道の先にある南大門から入る。
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室町時代に再建されたと云う国宝の南大門。
鯛石あり。
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遠目の石畳参道正面に中門、その奥に五重塔と金堂を確認。
向かって左手前から上土門、そして唐門。
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正面にある西院伽藍の中門へ。

現在は入口としては閉ざされており、エンタシスの柱が特徴。
両脇に阿吽の金剛力士像(仁王像)が立つ。

公式サイトの紹介によると、
西院伽藍の本来の入口となる中門の深く覆いかぶさった軒、その下の組物や勾欄、
 それを支えるエンタシスの柱、いずれも飛鳥建築の粋を集めたものです。
 重厚な扉と左右に立つ金剛力士像(奈良時代)は、日本に残っている最古のものです。
』とのこと。
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中門に立つ現存する中では最古と云われる天平時代の仁王像。
こちらは阿形像。
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吽形像。
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国宝の三経院(鎌倉時代)へ。
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国宝の三経院(鎌倉時代)、そして後方に五重塔と金堂。
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咲き始めた桜も綺麗。
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国宝の西円堂(鎌倉時代)へ。
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薬師如来座像があると云う国宝の西円堂(鎌倉時代)。

公式サイトによると、
西院伽藍北西の小高い丘に八角造りの円堂があります。
 奈良時代に橘夫人の発願によって行基菩薩が建立したと伝えていますが、
 現在の建物は鎌倉時代に再建されたものです。
 そのお堂の中央には、わが国最大級の乾漆像として知られ、
 霊験あらたかな本尊薬師如来座像(峯の薬師とも呼ばれる 奈良時代)が安置されています。
 また西円堂の東側にある鐘楼は、時を知らす鐘で、
 現在8時・10時・12時・2時・4時にその数だけ撞かれています。
』とのこと。
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西円堂から見下ろした五重塔や廻廊。
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象徴的な五重塔へ。
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世界最古の木造建築群と云われる国宝、五重塔。

公式サイトによると、
塔はストゥーパともいわれ、釈尊の遺骨を奉安するためのものであり、
 仏教寺院において最も重要な建物とされています。
 高さは約31.5メートル(基壇上より)で、わが国最古の五重塔として知られています。
 この最下層の内陣には、奈良時代のはじめに造られた塑像群があり、
 東面は維摩居士と文殊菩薩の問答、北面は釈尊の入滅(涅槃)、西面は釈尊遺骨(舎利)の分割、
 南面は弥勒菩薩の説法が表現されています。
』 とのこと。
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続いて国宝の金堂へ。
白鳳・天平時代に再建されているようだ。

金銅釈迦三尊像、金銅薬師如来座像、金銅阿弥陀如来座像、四天王像。

公式サイトによると、
法隆寺のご本尊を安置する聖なる殿堂が金堂です。
 威風堂々としたこの建物の中には、聖徳太子のために造られた金銅釈迦三尊像(飛鳥時代)、
 その左右には太子の父である用明天皇のために造られた金銅薬師如来座像(飛鳥時代)、
 母である穴穂部間人皇后のために造られた金銅阿弥陀如来座像(鎌倉時代)、
 それを守護するように樟で造られたわが国最古の四天王像(白鳳時代)が、
 邪鬼の背に静かに立っています。
 そのほか木造吉祥天立像・毘沙門天立像(平安時代)の諸像が安置されています。
 また天井には、天人と鳳凰が飛び交う西域色豊かな天蓋が吊され、周囲の壁面には、
 世界的に有名な壁画(昭和24年焼損、現在は再現壁画がはめ込まれています)が描かれ、
 創建当初の美しさが偲ばれます。
』とのこと。
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西院伽藍の大講堂は修繕中だったが、
薬師三尊像や四天王像は拝観できた。

公式サイトによると、
このお堂は仏教の学問を研鑽したり、法要を行う施設として建立されましたが、
 鐘楼とともに延長3年(925年)に落雷によって焼失しました。
 幸い正暦元年(990年)には再建され、
 ご本尊の薬師三尊像及び四天王像もその時に作られています。
』とのこと。
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重要文化財の上御堂(鎌倉時代)へ。
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上御堂(鎌倉時代)。
釈迦三尊像、四天王像。

公式サイトによると、
このお堂は奈良時代、天武天皇の皇子である舎人親王の発願によって
 建立したと伝えていますが、永祚元年(989年)に倒壊し、
 現在の建物は鎌倉時代に再建されたものです。
 堂内には平安時代の釈迦三尊像と室町時代の四天王像が安置されています。
 このお堂は毎年11月1日〜3日まで特別開扉をおこなっています。
』とのこと。
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金堂と五重塔。
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国宝の聖霊院(鎌倉時代)へ。
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聖霊院(鎌倉時代)。

公式サイトによると、
鎌倉時代に聖徳太子信仰の高揚にともなって、聖徳太子の尊像(平安末期)を安置するために、
 東室の南端部を改造したのがこの聖霊院です。
 内部には3つの厨子があり、中央の厨子には法隆寺のご本尊でもある聖徳太子45歳の像、
 左の厨子には太子の長子・山背大兄王や兄弟皇子の殖栗王の像、
 右の厨子には太子の兄弟皇子・卒末呂王や高句麗僧・恵慈法師の像(いずれも国宝)が祀られ、
 秘仏として毎年3月22日のお会式(御命日法要)の時にご開帳されます。
』とのこと。
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国宝の綱封蔵(奈良時代)。

公式サイトによると、
寺宝を保管するための蔵です。
 この蔵は「双倉」といわれる奈良時代の代表的な建物であります。
 かつて法隆寺には、このような倉が三十三棟も建ち並んでいたといわれています。
』とのこと。
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大宝蔵院へ。
玉虫厨子(飛鳥時代)等々をゆったり鑑賞。

国宝 木造百済観音(観音菩薩立像)【飛鳥時代】、
国宝 木造観音菩薩立像(九面観音像)、
国宝 銅造観音菩薩立像(夢違観音像)【白鳳時代】、
国宝 玉虫厨子【飛鳥時代】、
国宝 橘夫人厨子【白鳳時代】等々。

公式サイトによると、
百済観音堂を中心とする東西の宝蔵には、有名な夢違観音像(白鳳時代)・
 推古天皇御所持の仏殿と伝える玉虫厨子(飛鳥時代)・蓮池の上に座す
 金銅阿弥陀三尊像を本尊とする橘夫人厨子(白鳳時代)をはじめ、
 百万塔や中国から伝えられた白壇造りの九面観音像・天人の描かれた
 金堂小壁画など、わが国を代表する宝物類を多数安置しています。
』とのこと。
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東院伽藍へ向かう。
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国宝の東大門(奈良時代)。

公式サイトによると、
『「中ノ門」ともよばれるこの門は、西院と東院の間に建っています。
 かつては鏡池の東側に南向きに建っていたようですが、
 平安時代ごろに現在の場所に移されたといわれています。
 この門は珍しい三棟造りという奈良時代を代表する建物の一つです。
』とのこと。
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重要文化財の舎利殿 絵殿(鎌倉時代)。
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国宝の夢殿(奈良時代)。

公式サイトによると、
聖徳太子が住まわれた斑鳩宮跡に、行信僧都という高僧が、聖徳太子の遺徳を偲んで
 天平11年(739年)に建てた伽藍を上宮王院(東院伽藍)といいます。
 その中心となる建物がこの夢殿です。
 八角円堂の中央の厨子には、聖徳太子等身と伝える秘仏救世観音像(飛鳥時代)を安置し、
 その周囲には聖観音菩薩像(平安時代)、乾漆の行信僧都像(奈良時代)、
 平安時代に夢殿の修理をされた道詮律師の塑像(平安時代)なども安置しています。
 この夢殿は中門を改造した礼堂(鎌倉時代)と廻廊に囲まれ、
 まさに観音の化身と伝える聖徳太子を供養するための殿堂として、
 神秘的な雰囲気を漂わせています。
』とのこと。
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中宮寺の正門と通用門。
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中宮寺の新本堂。
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国宝の東院鐘楼(鎌倉時代)。
白壁の袴腰付の鐘楼。

公式サイトによると、
この鐘楼は袴腰と呼ばれる形式の建物です。
 内部には「中宮寺」と陰刻された奈良時代の梵鐘が吊されており、
 中宮寺から移されたものといわれています。
 この鐘は、古くから舎利殿の舎利を奉出するときや、
 東院伽藍で法要が営まれる時の合図として撞かれています。
』とのこと。
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西院伽藍へ戻る。
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中門。
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南大門。
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法隆寺 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1



続いて同じく斑鳩町にある飛鳥時代の法輪寺と法起寺へ参拝することに。